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日記です。文章をテーマとすることが多いですが、その他もろもろ。

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 おもしろいサイトがある。エコチャンバラという。

 北海道の釧路市で開発されたスポーツである。

 ペットボトルを材料にして様々な武器もどきの道具を作り、これでチャンバラごっこをする。

弓もペットボトルで作ったらしい。かなりの熱意がないと、こうはいろいろな道具は作れないものだろう。

 エコチャンバラのエコとは、環境のエコロジー、あるいは経済性のエコノミーのエコ。

 
子ども放送局という、独立行政法人国立青少年教育振興機構が作っているインターネット番組でもエコチャンバラの作り方が紹介されている。

 あの『24時間テレビ』でも紹介されたことがあるらしい。

 おそらくスポーツチャンバラもヒントになっているだろうが、スポーツチャンバラが道具代が数万円もするのに比べ、エコチャンバラで自作すればほとんど金を掛けずに道具ができる。

 本当に子どもたちにチャンバラをやらせたいということなら、エコチャンバラのほうが理にかなっている。果たしてこの新しいスポーツは今後、大化けするだろうか。


エコチャンバラホームページ
http://plaza.rakuten.co.jp/ecochanbara/








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  テレビの液晶パネルの中で、精悍な若武者が空手着に身を包み、気合いを発していた。30年前の私だった。

 今では市民権を得たが、当時は邪道視されていた極真空手の県大会。しかし県内にはテレビ放映され、それを録画したものが、わが青春の思い出として、我が家に眠っていた。

 家の大掃除。いやいやお片づけを手伝っていた中学生の長男がビデオのタイトルを見て興味をひかれ、再生したのだった。

「これ、お父さん?」

 もーーーーのすごく怪訝な顔で私を見た。

 私自身も驚いていた。30年前の私は、今の私にはあまり似ていない。むしろ似ているのは、長男のほうだった。いや、長男が空手着をつけて戦っていると言ってもいいほどだ。

「うん、そうだな」

 続けてコメントしようと思ったら、長男はテレビに釘付けになった。その中にいる昔の私が、相手を左ハイキックでKOしたのだ。相手は瞬間的に意識を失い膝から真下に落ち、状態が後ろにのめって倒れた。これは、かなり危ない倒れ方だ。

 そのとき、私の記憶は昔に戻った。

 課題があった。若き日の私には。

 左右の手足に均等の役割を与えるのが空手の考え方で、それは伝統流派も実戦流派(と言っても当時は極真会しかなかったが)も変わらぬ真理だった。

 その意味は充分私も理解した上で、試合用の技として私は手足計4本に各々専門的な役割を与えようとしていた。

 左の拳は相手の動きを止めるための突き。右の拳は相手の水月(みぞおち)をえぐるための決め。左の足はジャブのように相手の動きを牽制し、右の足は相手を吹っ飛ばす力積ある必殺技。

 各々役割を特化して鍛えることにより、全体をまんべんなく鍛えるよりも、短期的には強くなるはずだ。

 これが私の課題だった。

 どれほど努力してもその上を努力する本部職員には勝てない。ならば、専門性を高めれば勝てるかも知れない。

 そうふんぎりをつけての稽古方針だった。そしてそれなりに努力した。

 稽古の結果を試す場がこのときの県大会だった。

 30年たった今の空手も、キックも、ムエタイも、あまり重きを置いていないのが現状だが、左、というよりは組手構えでの前に出ている足が、実は最強の技を放てるのである。

 なぜなら、構えの前に出ている手足というのは、バックスイングしない限り、その動き(技の起こり)が相手からは全く見えないからだ。この理合いに最も近い技術体系が日本拳法であり、だから日本拳法からは時々ボクシングやキックでとんでもない化け物が出る。

 それはともかくとして、(当時)なんでもありの極真会の一員として、私は既存の体系にとらわれない技の組み合わせで県大会に臨んだ。

 相手は黒帯(初段)こちらは茶帯(1級)。

 相手の出鼻を左前蹴りで押さえ、なおも前に出る。相手はなにくそとプレッシャーをかけてくる。瞬間、ジャブのつもりで私は左前脚をはね上げた。続いて右の下突きで相手をKOするつもりだ。ところが、左足がはね上がった直後、相手の姿が視界から消えた。

 そう、真下に落ちて倒れたのだ。

 単なるジャブのつもりだったが、手と足では、同じジャブであっても力積(スピード×重さ)が全然違う。結果として、相手はかなり危険な状態で意識を失ったのである。

 やった……という感慨はなかった。

 その瞬間には何が起こったのかわからなかったからだ。

 だか徐々に状況を認識した。どうやら成功したらしい。「機能分化」の方針が。

 勝ってうれしい、というレベルではない。たまたま勝つこともあるし、力量が上の場合は勝ち方を仕込んだとおりに勝ことも珍しくない。だが、私は勝つための方程式を考えそのために努力し、実証実験をした結果同等以上の力量の相手に勝ったのだ。たまたま勝ったのではない。ほっとした、と言うべきだろうか。本当に決まった瞬間には、人間はほっとするものだ。ガッツポーズが出る勝利はまだ底が浅い。

 気がつくと、昔の私そっくりの顔をした長男が、らんらんとした目つきで空手のビデオを見ていた。

 やれやれ、こいつもまた、俺と同じ血が流れているんだなあ。

 なんとなくくすぐったくも嬉しい感覚に身を任せていると、二階から声がした。

「ちょっと、静かだけど、片づけしてるんだよね」

 妻からだった。

「もちろんだよ」

 私と長男は、そそくさと、お片づけを再開した。
 



 
  体操着に身を包んだ一団が床運動用マットの上に登場した瞬間、体育館中に失笑が響いた。
 
「おい、男の新体操だとよ」
 
 私の横にいた同年代の男子が困ったような顔をして隣の者に言った。言葉には出さないが、私も困惑した。
 
 男子新体操。
 
 ほんの数年前に「新体操」というジャンルがあることを知ったがそれは女子がやるものではなかったか。わが体操部にも新体操をやる部員がいるがそれは当然、女子だった。
 
 ……今から35年前の出来事だ。
 
 当時私は体操部員で地区大会を勝ち抜いて県大会に出場していた。もちろん器械体操で、だ。
 
 オリンピックで女子新体操が採用されて間もない時で、新体操に男子があるとは、体操の入門書でわずかに知るだけだった。
 
 県大会でも男子新体操には2チームが出たのみだ。男子新体操団体競技は、社会どころか体操界にもさほど浸透していなかった。
 
 一体どんな事が起こるのか。固唾を呑んで一同見守る。いずれも器械体操には腕に覚えの猛者ばかりだが、怖いもの見たさで誰も体育館から離れられない。
 
 その時の演技は、タンブリング(跳んだり跳ねたり、という床運動の跳躍系の回転・ひねり技)で言えば後方抱え込み宙返りをみんなでやったというだけで、難易度はかなり低かった。バレエで言うスプリットジャンプ(跳びながら前後開脚する技)を男どもが一斉にやったときは、失笑はさらに大きくなった。あれは女がやるもんだ、というのが当時の男子体操部員の常識だったからだ。
 
 しかし私は不思議な感動を覚えていた。全員が一糸乱れぬ動きをすることで、なんとも言いようのない美が生まれていた。女子団体演技は曲線の美であり、男子団体演技は直線の美である。このジャンルは、それなりに面白いかも知れないな、と感じた。
 
 それから35年が過ぎた。最近、テレビなどで男子新体操が取りあげられるようになって、一般の知名度は徐々に上がっている。そんな矢先、なんとWEB上で男子新体操の演技が見られて、しかもそれを採点できるというイベントが登場した。
 
 カルピスソーダカップである。演技は動画で撮ってエントリーする。いわば書類選考だけの大会だが、考えてみれば一発勝負ではないから、各々の団体の一番いいところを披露できる。もちろん専門家の採点もあるが、WEB上で映像を見た一般人も採点して報告できる。
 
 もちろん私はすぐに全演技を見て、採点した。仮にも器械体操経験者なので、審査基準である「はじけ度」ではなくて、徹底的に器械体操の技術、プラス団体競技としての完成度、さらには技の構成難度を自分なりに評価した。
 
 今の体操競技の床はロイター式と言って、やたら跳ねる。だからだろう、参加選手の多くはタンブリング系は相当なところまでできていた。やる気になれば抱え込みのダブル宙返りくらいは軽くいけそうである。スワン(伸身宙返り)のダブルはちょっと無理かも知れないが。
 
 このカルピスソーダカップには一般の部門もあり、幼い兄弟がお部屋の片隅で一所懸命演技したり、経験者らしきおっさんチームが、アキレス腱断裂覚悟で必死の演技を披露するのを見て、感動のあまり思わず涙した。参加者、そして関係者の努力に思いを馳せたのだ。
 
 もともと器械体操はマイナー中のマイナーである。たとえば野球やバスケットボールは、愛好者も多い、下手なりにやって楽しめる。だが器械体操・新体操は、下手の横好きが存在しない世界だ。技はできるかできないかのふたつにひとつ。できた人間は楽しいができない人間は競技を続けられない。

 さらに言えば、アメフトみたいに頂点に行けば億の金が転がり込むわけでもない。スポーツのメジャー化に必要な要素。「下手なりにやって楽しい」「難しいけど上に行けば金になる」のふたつが徹底的に欠落している。設備に金がかかるわりに競技者が少ないから行政もあまり金を投入できない。メジャー化しないスポーツのナンバーワンだろう。これに比べればカバティあたりなど、まだまだメジャー化の素質をもっていると言える。
 
 子どもの頃、側転に挑戦した、できた、うれしい。このうれしいの感覚に取りつかれ、次々と難しい技をこなすようになって、ついにやめられなくなったなれの果てが体操選手である。一種の中毒だ。しかし、麻薬と違うのは、やった人間が不幸になることはないということである。ちなみに私の女房も元器械体操選手である。
 
 器械体操ですらマイナーなのに、さらに一歩上をいくマイナーが、男子新体操である。しかしそのマイナー競技を、WEB審査で一般人を巻き込むまでに引き上げてくれた。
 
 スポンサー殿にも心から感謝したい。おそらくもっと派手な競技も検討の俎上に上がっただろうに。同じ体操選手にすら最初は白い目で見られていた男子新体操を選んでこのような企画を実行していただけたのは、感激である。我が家はこれからカルピスソーダをメインの飲料にしよう。
 
 読者にお願いする。この、圧倒的に不利な立場にある超弩級マイナースポーツを応援いただきたい。応援の方法は、カルピスソーダカップのWEBページから、各チームの演技を見て、採点することである。思わずうなる名演技から、大爆笑の迷演技まで多数エントリーされている。感動することを受けあおう。


カルピスソーダカップ

 
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