日記です。文章をテーマとすることが多いですが、その他もろもろ。
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17世紀後半に、伊賀流の忍術兵法書が書かれた。忍術の基礎や忍者が使った道具について言及している、忍者にとってのバイブルである。その書を『万川集海』という。細い川もいくつも集まればやがて海になる、という意味である。
伊賀、甲賀の忍者と言えば江戸時代を通じて活躍したように思われるが、実際は江戸時代の初期に伊賀忍者がストライキを起こして、以来実質的にただの門番になってしまっている。間諜組織が再結成されたのは八代将軍吉宗の時代だが、このときにはお目見え以下の御家人が中心となっていたそうで、かつての伊賀・甲賀の忍者たちは伝説の中にだけ存在することになった。
『万川集海』が表されたのは、吉宗が生まれる10数年前である。つまり、もういい加減伊賀の子孫に間諜活動は期待されなくなった時期である。実際、先祖から受け継いできた忍びの技も絶えそうになり、危機感をもって書かれたのではないか。これは私の勝手な推測である。
筆者藤林左武次保武は伊賀忍者の子孫であるが、おそらく自分たちひとりひとりの力の卑小さに歯がみすることもあったろう。或いはまた、先祖伝来の技術の膨大な体系が、日常の地道な訓練によって初めて編み出されたことに畏敬の念を抱いていたろう。
ひとりひとり、ひとつひとつは小さな人間、小さな努力だが、それらが集まり積み重ねられたとき、どれほどの大事業が成し遂げられるか。
今、インターネットの世界でも似たような構造ができあがっている。検索エンジンでの表示順位を上げるために、多くのサイトからのリンクという「川」を集め、「海」にする仕組みだ。
すなわち、多くの被リンクを受けたサイトの表示順位は上がる。企業サイトにとっては表示順位の上下は死活問題にもなりかねない重要事である。
しかし川の集め方には不正な方法もあるらしい。全く意味をなさない文章を羅列しただけのブログを機械的に大量生産し、リンクを張るという手法である。これは一種のドーピングである。読むに耐えない文章どころではなく、そもそも地上の人間は誰ひとり読めない文章を垂れ流すことは、一時的には利益につながっても長い目で見れば自分たちの首を絞める事になるだろう。
これに対して、きちんとした文章レベルを保った「川」を多く集める手法が編み出された。
ブログ媒体に特化した大阪の広告代理店、株式会社サイバーネットワークスの「サイドバーSEOパッケージ」である。
サイバーネットワークスは大阪にあっては唯一のブログ広告代理店である。同社が扱うのはブログ広告のみ。
ちなみにある検索エンジンで「広告代理店 大阪」と入力すると、同社は1頁目に登場した。「広告 大阪」でも同じ結果が出た。数多い大阪の広告代理店の中にあって、ブログ広告にとどまらず、広告代理店というジャンルでトップレベルの位置を保っているのだ。
「サイドバーSEOパッケージ」の優れた点は、同社が運営しているブログ広告.comに全国から応募してきた3万7千人ものブロガーを動員できるという点だ。クライアントに対して誠実に書いた「川」のようなブログを何万も集めて「海」とし、この海からの被リンクを、クライアントが最も大事にしているピンポイントのサービスへ流し込むのである。
今や、ひとりひとりのささやかな「川」は集まり方によっては巨大な「海」に成長できる時代になっている。そのパワーはマスコミを超えるかも知れない。今世紀はおそらく、この『万川集海』パワーを制する者が、勝利者となるのだろう。サイバーネットワークスが勝利者になれるかどうか、それはまた今後の経営における鍛錬の地道な積み重ねなのだろう。これもまた『万川集海』である。
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きゃつがトイレに向かうため居間を出たときだ。私はすぐに別室に飛び込み、かねて用意のものを取り出した。それはパンダの着ぐるみパジャマである。
そそくさと着始める。きゃつがトイレから帰ってきたとき、そこにパンダ姿の私が悠然と座っているという演出になる。どうだ、驚くだろう。
「ば……馬鹿みたい」
さすがに妻があきれた。
馬鹿とののしられようとカバとほめられようと、私には私の筋というものがある。我が家に遊びに来てくれた遠路の友人に対して、なんらエンターテイメントな驚きを経験させないで帰すというのは、自分の中では許されないことなのだ。
トイレから戻ったきゃつは私の姿を見て足を止めた。ぴくりと眉が動く。
「ほーう。そうきたか」
そうつぶやくときゃつは、持参のバッグをあさり始めた。何をするのかと見れば、取り出したのは一枚のトランクスだ。ムエタイ用のパンツである。
「そういうこともあるかと思ってな、持ってきたのだ」
偉そうにつぶやくと、堂々と、他人の女房の目の前でズボンを脱ぎ始めた。
「そんなん、見たくない!」
女房が抗議するが、きゃつは全く意に介さず、ついにトランクス一丁のムエタイ姿となった。
「どうだ」
勝ち誇るきゃつを前に、私は腕を組んでうなった。
「うむむ。今日のところは引き分けにしておいてやろう」
きゃつは夏休みを利用して、大東流合気道の合宿に参加するためこの地に来た。1週間の猛修行あけで、今日は我が家に泊まりに来てくれたのだった。なんでもこの合宿はイタリアの特殊部隊の隊長も参加するという、それはそれはとてつもなくハードなものだったそうな。
きゃつとはパソコン通信(当時)のフォーラム仲間だった。小説書きのフォーラムで、きゃつは歴史小説や歴史評論を能(よ)くした。私はお笑いアクションという、全くマーケットのないジャンルのエキスパートだった。実戦空手(当時)の黒帯、というところも私と共通している。
きゃつは無骨な外観どおりの無骨な男だが、意外なことに職業はシステムエンジニアで大手企業に勤めている。かなり優秀なエンジニアだ。韓国語と英語を母国語同様に操り、きれいな韓国人女性と同棲(当時)していた。破天荒な行動力をからくも理性で押さえつけ、現代社会に棲息能力をもつに至ったインテリ原始人、というのが私のきゃつに対するまだしも好意的なほうの評価である。
こういう男だ。いまなお独身、というのもまた当然と言えば当然だろう。たぶん生涯独身を貫くか、90歳くらいになってから60歳くらいの女性をめとり、「ロリコン」と非難される人生を送るに違いない。
男というのはこういう奴に、なりたいとは思わないがうらやましさを感じる。私もまたそのひとり。親や子どもがこうだと困るが、親戚にはひとりくらいほしいキャラクターである。こういうのを男、ではなく漢(おとこ)というのだろう。
ちなみにこのとききゃつの膝は、幅3センチに渡り、生々しく肉が覗いていた。合宿稽古で肉が裂けたのだそうだ。しかし我が家に一泊したきゃつの口からはただの一度も「いてて」などという弱音は聞こえてこなかった。痛くないわけがないだろう。なるほど、これが漢(おとこ)というものらしい。
ブログライターをやりはじめてわかったことがある。
ブログのプラットフォームによってかなり成果に差があるということだ。
とあるブログサイトは作ってから3日目にはサイトタイトルを入力すると検索エンジンのトップに表示された。
だが別のブログは、1ヶ月経っても全然反応がない。
これはブロガーの力量の問題とはまったく関係ない。ひとえに、そのサイトのSEO能力だと思う。
金をかせぐ、というよりは、自分のブログをたくさんのひとに読んでもらいたい、というのがブロガー、そしてブログライターの心底の本音だろう。かせぐつもりなら、他にもっと効率のいい方法がある。かせぐ、ということを自分自身へのいいわけにして、せっせと文章を綴るのが楽しいのだ。さもないとライターはできない。
せっかくの努力の成果の記事(作品)が、しかし誰にも読まれないというのは、著しくモチベーションを下げる。ブログサイトの構築は、結果を大きく左右するのである。
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金をかせぐ、というよりは、自分のブログをたくさんのひとに読んでもらいたい、というのがブロガー、そしてブログライターの心底の本音だろう。かせぐつもりなら、他にもっと効率のいい方法がある。かせぐ、ということを自分自身へのいいわけにして、せっせと文章を綴るのが楽しいのだ。さもないとライターはできない。
せっかくの努力の成果の記事(作品)が、しかし誰にも読まれないというのは、著しくモチベーションを下げる。ブログサイトの構築は、結果を大きく左右するのである。
不思議なブログをいくつか見た。一定の文章量はあるのだが、読んでいっても、日本語として意味が通らない。同じようなタイトルのブログが、次々とアップされていて、どうもこれは機械的に「製造」されているのだなと気がついた。
文章は創るものだが、造るものではない。創作であって製造ではない。
なるほど、機械的に大量にブログを生産すれば、おそらくSEO対策にはなるのかも知れない。だが、そうとは知らないで読むほうにとっては迷惑この上ない。
つまらない内容、賛成できない内容のブログならまだいい。評論や議論の可能性があるからだ。しかし、意味が通らない、文章ではなく記号のようなブログは勘弁してほしい。それならまだ商品案内ばかりのブログのほうが数段価値がある。
このまま、無意味なブログが大量生産されていくと、読者のブログ離れが始まる(或いは進む)のではないか。せっかく我々庶民ひとりひとりが気楽に自分の意見を公にできる手法を得たのに、もったいないことである。
文章は創るものだが、造るものではない。創作であって製造ではない。
なるほど、機械的に大量にブログを生産すれば、おそらくSEO対策にはなるのかも知れない。だが、そうとは知らないで読むほうにとっては迷惑この上ない。
つまらない内容、賛成できない内容のブログならまだいい。評論や議論の可能性があるからだ。しかし、意味が通らない、文章ではなく記号のようなブログは勘弁してほしい。それならまだ商品案内ばかりのブログのほうが数段価値がある。
このまま、無意味なブログが大量生産されていくと、読者のブログ離れが始まる(或いは進む)のではないか。せっかく我々庶民ひとりひとりが気楽に自分の意見を公にできる手法を得たのに、もったいないことである。
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